ミサワホームのAプロジェクトによる見学会で《ミニ・ハウス》(設計=アトリエ・ワン+東京工業大学塚本研究室、1999年竣工)、村瀬礼「けんちくぐるみ」の展覧会で《東京アパートメント》(設計=藤本壮介、2010年竣工)をそれぞれ訪問。徒歩圏内にあるふたつの建築のあり方はだいぶ異なる。内側から作られた建築と外側から作られた建築と言ったら単純化しすぎだろうか。部分の構成によって全体が成り立っているのは共通するとしても。

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米国議会図書館司書・学芸員である中原まり氏によるレクチャー「建築の継承:建築史料を通して──米国議会図書館の事例を中心に」(JIA建築家クラブ金曜の会)をzoomで聴講。講師は知らない方だったけど(たぶん多くの人にとってそうだったのでは?)、たしかな実務経験と信念に基づいた話でとても興味深かった。第一線の現場をメディアにつなぐ有意義な企画だったと思う。

ルイス・カーン研究連続講演会「いま語り継がれるカーンの霊気[ルビ:aura]」(9月16日)の第4回をzoomで聴講(第2回と第3回も聴いている。内容自体はすでにおおよそ知っているはずの香山先生のお話がやはりすばらしかった)。今回は西沢立衛さんと塚本由晴さん。ほとんどがカーンの言葉についての話で、カーンの建築には触れられなかったのが印象的だった。
カーンにおける「元初」は、既成のあり方を疑って本質を問うという意味で、デカルト的な近代精神に連なる思考であり、機能主義の根本だとも思う(そもそもの学校の機能とは何か?みたいな問い)。だから「元初」が歴史や共同体を超越した普遍性を指す概念だとすれば、文化や伝統や慣習も克服すべきものに思えてくる(それは理屈だけで見れば現代のグローバリズムと親和性が高い)。けれども実際のカーンの建築のかたちは、インターナショナルなモダニズムというより、西洋建築の古典的な伝統に根ざしているように見える。このあたりの言葉と建築の「ずれ」のあり方に、建築にとって重要なものがある気がする。


写真を撮りながら近所を散歩。以前は暗いところで撮るとカメラがオートで明るくしすぎてしまってどうにもならなかったけど、最近はむしろ実際よりも暗く写るくらいに設定し、あとで適当な明るさに補正している。画質は粗くなるけど、わりと手応えがある。以下3点。

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渋谷パルコのほぼ日曜日で、写真展「はじめての、牛腸茂雄。」を観た(〜11/13)。次回10/30のNHK「日曜美術館」のテーマのようなので、混雑する前にと。
牛腸茂雄はある時期から大辻誠子さん(『建築と日常』No.1でインタヴューした)が話す「ゴチョーくん」という音で頭に再生されるようになってしまった。別になにも深い話を聞いたわけではないけど、誠子さんのあっけらかんとした声が、今も牛腸茂雄の写真を見る経験に影響している気がする。牛腸茂雄も大辻清司(牛腸の写真の先生で誠子さんの夫)も篠原一男(大辻家の住宅の設計者)も、どちらかというと陽気なタイプではないというかシリアスなイメージがある人たちだけど、誠子さんが彼らを語る声はそのシリアスさを否定することなく相対化する。

「ほぼ日」的な展覧会の作り方が写真畑の人たちに批判されてもいるようだけど、僕は門外漢だからか特に気にならなかった。初見者向けの案内人云々の仕掛けは牛腸の作品性とあまりにかけ離れているせいで、むしろ作品体験に干渉してこなくてよかったし(へたに専門的な解釈で意味づけられるよりも)、ああいう見せ方が展覧会を開催するのに必要で、なおかつ未知の観客の興味を引いて鑑賞の敷居を多少なりとも下げるのなら、そんなに問題視しなくてもいい気がする。たぶん今回の展示の表層的なところは後には残らないのではないか。その意味では出版予定の写真集や今度のNHKの番組のほうにこそ歴史的・社会的な影響力があると思う。
展示品自体は会場の規模に比べてたいへん充実し、空間構成や文章の抜粋も的確だったように見えた。プライベートな側面の露出も牛腸の作品性と無縁のことではないはずだし、全集が編まれるような作家ならば(どの分野であれ)必然的な範囲に思える。
牛腸が写真を志すことになった渋谷の桑沢デザイン研究所の近くで開催されたのにも何かしら意味はあったかもしれない。今回の展覧会がなければまったく接点がなかった渋谷の若者(の幾人か)に牛腸茂雄の写真が刺さるようなことがあれば素晴らしいけれど(牛腸の写真はその状況を想像させる)、会場はパルコの上層階のあまりひとけのない端のほうで、入場料も少額ながらかかるので、ふらっと足を踏み入れられる構えではなかったのは惜しい気がした。昔の(といってもそれほど前ではない)パルコの地下のブックセンター周辺にはそういう偶発的な出会いが生まれる空間性があった気がする。そういうのを文化というのかもしれない。

自分の名前がたくさん書かれたノートで、いちばん右下は桑原甲子雄(牛腸よりも33歳年上の写真家)? お、と目に留まりつつ、きっとよく知られた話なのだろうと思ったけど、帰宅して両者の名前で検索してもそれらしい情報は見当たらない。まあノートに名前を書いているからといって特別なシンパシーや憧れがあったとは限らないし、単に珍しい名前だからなんとなく書いてみたというだけかもしれない。

深く考えるとは、平常よりも有益に考えるとか、正確に考えるとか、完全に考えるとかいうことではなく、それはただ遠く考えること、即ち思想によって言葉の自動作用から出来得る限り遠ざかることなのである。

  • ポール・ヴァレリー「レオナルドと哲学者達」1928年(『精神の政治学』吉田健一訳、中公文庫、2017年)

ヴァレリーがデカルトと重なるというのはこの辺のことだろうか。既成の言葉を疑い、自らの思想に根ざして深く考えること。そこで懐疑は不可欠だったにせよ、さらにその前提に、世界への信頼みたいなものがあったのだと思う。世界の存在を直観的に信頼すればこそ、それをめぐる既成の言葉への疑いが生まれる。

『精選建築文集1 谷口吉郎・清家清・篠原一男』を校了。既発表の文章を集めた本ですが、篠原一男の『住宅論』(鹿島出版会、1970年)や『続住宅論』(鹿島出版会、1975年)など、現在も販売中の書籍との重複は極力避けて編纂しています。すでに絶版になって久しい谷口吉郎の『清らかな意匠』(朝日新聞社、1948年)と『谷口吉郎著作集』(全5巻、淡交社、1981年)、篠原一男の『住宅建築』(紀伊國屋新書、1964年)をお持ちでなければ、重複は特に気にかからないはずです。また仮にこれらの本をお持ちでも、これまで書籍未収録だった文章も多く載せているため、1冊の本として新鮮な読み応えのある内容になっていると思います。


『精選建築文集1 谷口吉郎・清家清・篠原一男』

リンク先のホームページにて、おまけ付きで予約販売を開始しました。この書籍の発行をもって、新しく「出版長島」という出版レーベルを始めます。ホームページでは本の目次や趣旨(編者解説冒頭部分)、紙面の見本などを載せていますので、ぜひご購読の参考にしてください。

出版長島のシンボルマーク&ロゴのデザインも、上記の本と同じく服部一成さんによるもの。シンボルマークは、長島のNという頭文字と、ひるがえる旗がモチーフだそうです(色およびロゴとの組み合わせ方は可変)。現時点でそのこと以上は聞いていませんが、あるいは旗のモチーフは『精選建築文集1』で谷口吉郎の「旗の意匠」という文章を収録していることに由来するのかもしれません。

旗は、棒と、布と、紋章の集まったものであった。即ち、「竿の作者」と、「布の作者」と「紋章の作者」が集まったものである。しかし、「旗」はただこの三つの集合物ではない。更に別の表現力が発揮せしめられたものである。旗の美は、そんな特別の「意匠」によって造形されている。

  • 谷口吉郎「旗の意匠」『清らかな意匠』朝日新聞社、1948年(『谷口吉郎著作集 第二巻 建築評論』淡交社、1981年)

ちなみに2015年にリニューアルオープンした新潟市美術館(設計=前川國男、1985年竣工)のシンボル&ロゴも服部一成さんのデザインです。下記の服部さんのコメントによれば、こちらも新潟のNがモチーフとのこと。

服部さんは美術館だと他に、三菱一号館美術館(2010年開館)や弘前れんが倉庫美術館(2020年開館)のロゴも手がけられています。


昨日はその後、原宿のBlum & Poe Tokyoで、岡﨑乾二郎個展「TOPICA PICTUS Revisited: Forty Red, White, And Blue Shoestrings And A Thousand Telephones」(〜11/6)を観た。去年の10月に脳梗塞を患った岡﨑さんの新作展。脳梗塞の件はたぶん他の多くの人と同様、今年2月にFacebookのご本人の投稿(2022年2月20日、友達限定公開)で知ったのだけど、まだ入院中で先の見えないリハビリの最中にもかかわらず、その文面の意外な明るさにむしろこちらのほうが勇気づけられる思いがした。

一旦自分のものではなくなった(物体になった)身体(その小さな部分がわずかひとつひとつですが)と再び(というより新たに=新しい回路が生まれ)交流がはじまることの驚き、と嬉しさ。一旦はアーティストとしての活動を諦めはじめてもいましたが、今は全く新しくはじめ直せるという自信が生まれてきました。日々、希望は大きくなっています。

病後1年も経たずに展覧会を行うこと自体がまず驚く(喜ぶ)べきことなのだろう。しかしそれだけでなく、病気を経たからこその新たな作品の展開を期待してしまう気持ちもあった。そして実際、それは確認できたような気がする。まあ厳密には病気によってもたらされた変化かどうかは分からないけれど、特にギャラリーの事務スペースのほうに展示された作品に、最近の「ゼロ・サムネイル」シリーズにおける新しい展開を感じた(展示作品は撮影可だったけど、事務スペースのほうは気後れして撮らなかった)。
岡﨑さんの展覧会は、南天子画廊でもTakuro Someya Contemporary Artでも、通常の展示スペースだけでなく、事務スペースにも作品が展示されていることが多いというか、それが可能なときはほとんど必ずそうしているという感じさえする。たぶんその領域の越境は、岡﨑さんの創作のあり方と深く関係したことなのだろう。