例の映画配信パック(6月26日)で、ホン・サンス『クレアのカメラ』(2017)を観た。2年前に映画館で観たときにはなぜか渋い評価をしているけど(2018年8月3日)、ぜんぜん面白かった。当時は同時期に観た他の作品の印象に引っ張られたのかもしれない。ホン・サンスの映画は観るたびにかたちを変える可変性があるとも思う。
微妙にいびつなストーリー展開は物語の時系列が組み換えられているようにも思えるけど、人間の多面性の表現として、別の次元の現実が組み合わされていると見たほうが無理がない気がする。絵画でいうキュビスムのように、ひとつの作品に複数の視点が持ち込まれている。ただし外見はキュビスムほど「現実離れ」しておらず、全体がそのままひとつの現実であると知覚する余地も残している(その意味では、ホン・サンスが敬愛するらしいセザンヌの静物画のあり方のほうに近いといえるかもしれない)。その構成の曖昧さを、2年前はネガティブに、今回はポジティブに捉えたということだろうか。現代的なパワハラやセクハラ(@映画業界)をかなり切実に描いた作品でもあると思うけど、こういう構造上の曖昧さを含んだ作品は、安易な抽象化や単純化、レッテル貼りを許さず、集団的なイデオロギーには取り込まれにくいかもしれない。