ベン・ニコルソン(1894-1982)の〈ホワイト・レリーフ〉シリーズ()。谷口吉郎が好んでいたらしい。本人が設計した建築そのものより、案外こういう愛好したもののほうが、そのひと自身を身近に感じさせることがある(過去の建築に対する時間的距離感と過去の芸術作品に対する時間的距離感の差が新鮮な印象をもたらしているかもしれない)。
下記、戦後まもない時期に、東工大の研究室で谷口吉郎の机の上にいつもあったという本。

私が記憶している先生の座右の書は、一つは仏像の写真集です。[…]それから、ベン・ニコルソンというイギリスの抽象アーティストの作品集で『ホワイト・レリーフ』という有名なものがありました。そしてもう一つは、『スイス・ビルヂング』という本です。谷口先生がこれを通読してらっしゃるのを見て、私も欲しくて欲しくて……、安月給の中からついに買いまして、今でも大切にしています。(由良滋)

  • 由良滋・杉本俊多「谷口吉郎」『素顔の大建築家たち──弟子の見た巨匠の世界 02』建築資料研究社、2001年

そしてこう続く。

先生がいつも『スイス・ビルヂング』を眺めていたのを思い出します。水平線、垂直、そして格子などのボキャブラリーの建物が、とくに学校建築などにあるんです。[…]著作集からも谷口先生がスイスの建築にすごく愛着をもっていたということがわかりますが、私は垂直線や格子は、シンケルよりもむしろこっちが下敷きになったのではないかなと思うんです。

谷口は瓦屋根の石川県繊維会館でもスイスの現代建築に言及しているし(2019年10月4日)、〈ホワイト・レリーフ〉みたいな(詩情溢れる?)抽象表現への関心を見ても、「日本的」「シンケル的」という谷口建築の定型化した語り口には再考する余地がある気がする。
下のは谷口吉郎の渡欧前のテキスト(『建築雑誌』621号、1936年)。「建築グラフ1935-1936」という臨時増刊号で、各執筆者が自分の興味のある(よく知る)国を担当したのだろうか。谷口は当時からスイス建築の評価が高く(現代建築の王座)、その内容も自身の建築観をよく反映しているように思える。