イベントに向けてのメモ。文化と教養について(長谷川豪、神代雄一郎・大江宏、福田恆存)。

さきほど〈過去と未来を同時に「耕して」いるという豊かな感覚があった〉という比喩的な書き方をしたが、「土地を耕すこと」を意味するラテン語「colere」を語源に持つのが「culture=文化」である。英語で「culture」は元来「心を耕すこと」を意味していたが、その後現在の「文化」や「教養」といった意味になったという。「文化」はまさに自分たちの「心を耕す」ために、つまり精神的、身体的な充実のために、人々のあいだで共有・伝播しそれが内面化していくものである。もちろん「文化」は一個人の発明によってつくられるものではない。
いまあらためて全対話を読み返してみると、メルクリだけでなく6組すべての建築家の言葉には、この「建物文化」が念頭に置かれていたことに気づく。彼らは建築家としての個人的達成を超えて、建物を通して人間がよりよい精神性を獲得することを望み、実践を通してその責務を背負おうとしていた。この「建物文化」が、連続的で積層的な歴史の礎になっているのではないだろうか。

  • 『長谷川豪 カンバセーションズ──ヨーロッパ建築家と考える現在と歴史』LIXIL出版、2015年、pp.10-11

神代 […]ぼくがこの頃つくづく思うのはね、人間が耕されていないと思うんですね。いま修練という言葉を使ったんですが、それと同じことですけれども、耕さないと。つまり「カルチャー」というのは耕すことですよね。だから建築文化をつくろうというひとは、自分自身を文化的にカルティヴェートしてなければできるはずがないわけ。一生かかってカルティヴェートしていかなくちゃいけないんだと思うんですね。[…]これは活字になるとどうかと思うけれども、たまたま大江先生の能楽堂と黒川さんの文楽と、それから石井和紘さんの直島の役場とが発表されたでしょう。あれ見ると、先生のはね、「ああ、よく耕されているな」とぼくは思うんです。それから黒川さんのは、ちょっとね……化学肥料の使い方、混ぜ方を間違えたとか、そういう感じを受けるわけです。それから石井さんのは、何か激烈な農薬を使ったら、ボンとできちゃったとか、とにかく異様な感じをぼくは受けるんですよ。失礼な言い方とは思うけど、そういう説明をしたら、わりにぼくが言っている耕すということをわかってもらえるんじゃないかと思うんですけどね。そういうものがどうしてもベースになければ、とてもつくっていけないという、そういう感じをぼくは受けるんです。
大江 建築で問題なのは、むしろ上手、下手じゃないと思うんですね。うまいとか下手だとかいうことと……下手より上手のほうがいいでしょうけれども、それよりもっと大事なことは、やっぱりいまの、神代さんの言われる、自分を耕していくことね。耕していく結果として積み重ねられ、積み上げられていく、そういう要素みたいなものがやっぱり……。これは建築に限らないんじゃないでしょうか。
神代 そうですね。
大江 そのことが、いま一番忘れられているんじゃないかな。一発勝負で、一発ポーンと当てるというようなことの競争みたいな具合になってしまっていますね。

  • 大江宏・神代雄一郎「気配の美学」『風声』18号、1984年8月(所収:大江宏『建築と気配』思潮社、1989年)

それに文句をつけるまへに、まづcultureの意味について考へてみませう。英語にはこれと同根の語にcultといふのがありますが、いづれラテン語のcolereから出てをります。このラテン語は①心を尽す、世話をする、②教化する、修める、③崇拝する、などの意味をもつてをり、cultは専ら③の意味を受けついだ名詞で「崇拝、礼讃、(宗教上の)儀式」などを意味しますが、cultureのはうは①②③いづれの意味をも受けついで、「栽培、訓練、教養、文化、崇拝」などの意味をもつてをります。しかし、どちらかと言へば、「栽培」のはうは同根のcultivationに、「崇拝」のほうはcultに委せて、普通は「教養」「文化」を意味するやうです。その場合でも「栽培」と「崇拝」の余韻をひびかせてゐることは言ふまでもありません。
ここに、日本語の文化と比較して、考へてみなければならぬことが二つあります。右に述べたやうにcultureには「栽培」「崇拝」への拡り、といふよりはさういふ根があることと関聯して、第一に、動詞としての働きを含み、その働きから発した名詞であること、第二に、「教養」と「文化」といふ、一方は個人的なもの、他方は全体的、民族的なものを同時に意味しうるといふこと、その二つのことに改めて注意していただきたい。
さういふ柔軟な生きた働きが日本語の文化といふ言葉にはないのです。「あの人は文化がある」とは言はない。「あの人は文化人だ」といふのは「あの人は教養人だ」といふことを意味しない。ですから、私たちの文化は教養なしの文化なのです。個人ぬきの全体としてしかとらへられてゐないのです。[…]
遺憾ながら、それは本来の意味での文化の相違と見なさざるをえないのです。文化と教養とが一語に結びつくやうな文化が、また心して栽培し、みづから習熟するやうな仕来りや態度が、さらにその背景をなす宗教的な生き方が、今の日本には無いのだといふことになります。それが現代日本文化の姿だといふことになります。が、それはあくまで現代日本文化の姿であつて、日本文化がつねにさうだつたわけではありません、文化が、あるいは文化といふ観念が、日本の歴史になかつたのではない。皮肉なことに、文化といふ言葉がむやみに使はれるやうになつた明治以前には、文化といふ言葉が無かつたかはりに、文化は立派にあつたのです。
エリオットが言つてをりますが、文化とは私たちの生き方であります。生活の様式であります。が、それはこれこれかういふものだと目の前に客体化しえぬものなのです。目的として示しえぬもの、意識的に追求しえぬもの、合理的に説明しえぬものなのです。いはば理窟ぬき、問答無益の領域にのみ、それは成熟します。なぜそんな行動に出るのか、なんのためにさういふやり方をするのか、それを問はれても当人には答へやうがない。今の人間はいろいろ理窟を仕込まれてをりますから、なんとかそれに縋つて答へるかもしれませんが、そんな答へは本当の動機も目的も語つてはをりますまい。ただ昔からさうしてきたから、あるいはさうするやうに教へられてきたから、それだけのことでせう。それとも、さうしたいから、それが本音でありませう。さういふものが文化であり、教養であります。

  • 福田恆存「伝統にたいする心構──新潮社版「日本文化研究」講座のために」『日本文化研究』第8巻、新潮社、1960年(所収:福田恆存『保守とは何か』浜崎洋介編、文春学藝ライブラリー、2013年)

上記の『保守とは何か』という本は、「保守」という概念が気になって、「現在する歴史」特集の編集後記を書くころに手に取ってみたのだけど、特集の問題意識と響きあって大変興味深く読んだ。日常生活と物、伝統技術や文化財などについても論じられていて、建築系の人にもおすすめできる。

福田恆存(1912-94)は特集で大きく取り上げた吉田健一の友人でもあるらしく、吉田と同年生まれ、大江宏の一つ年上の人。編者の浜崎洋介氏は僕と同学年で、ちょうど同じ頃に東工大の大学院の社会理工学研究科価値システム専攻(VALDES)に在籍されていたらしい。面識はなかったものの、僕もVALDESの授業をいくつか受けていたから、どこかで顔を合わせていた可能性はある。そんなつながりに勝手に気安さを感じて、刊行後に特集号を献本差し上げた。いただいたお返事によれば、ひとまず雑誌には共感してくださったようで、編集後記で引いた吉田健一の言葉「戰爭に反對する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである」は、福田恆存が言っていたとしてもおかしくはないとのことだった。