吉田健一『絵空ごと』(河出書房新社、1971)を読んだ。以下メモ。

 或ることが元さんの頭に引っ掛って、
「我々の話の中であの現代っていうのはどうなったんです、」と言った。
「そんなものはありませんよ。」勘八にとってそれは考えるまでもないことだった。「覚えてお出でになりますかね、初めは、そう、大正の終り頃に今の時代っていう意味で現代っていう言葉を使った。それが暫くして近代になって、そのうちに戦争が始って終って又現代に戻ったんだけれど、この頃の現代は今の時代っていうことだけじゃないでしょう。何だか訳が解らないことがその現代に付いて廻っていて例のその現代人とかいうのにはそれが何だか解っていることになっている。だから現代っていうのは今の日本にしかないものだとも言えるでしょう。それもそんなものがあると思っているものの間でだけで。そういうことを考えていると現代病ってのは本当にあるんだっていう気がして来ます。勿論あの現代人の不安なんていうものじゃなくてそれも入れて現代ってのはこうでああでって教え込まれた通りのことを信じる病気っていう意味で。併しそれが何故そういうことになるんですかね。別に現代病に掛っていなければ学校に入れないとか就職出来ないとかいうことがある訳でもないんだし。」
[…]
「一つには頭が空っぽだもんだから何かあり合せに詰めて置かないと薄ら寒いっていうことがあるのかも知れない、」と元さんは別な説明を持ち出した。「昔は馬鹿は黙っていたものなのに今は馬鹿である程ものが言い易くなっているとするとそれが今と昔、日本の現代とそれ以前の時代の違いっていうことになりますか。」(pp.83-84)

これは昨日の講義で引用した香山先生の次の言葉と同じ根を持つように思う。

建築は「時代」を表現し、「時代の精神」を示すことにある、といった主張が今日氾濫しています。精神という表現が19世紀的で重いからか、「時代の雰囲気」、「時代の感覚」といった、軽い言い方の方が好まれることもあります。いずれの言い方をとるにせよそこには、時代には一つの、それに適合した形式、あるいは形がある、という考え方が根底にあります。そしてそこから、それによくよく合致しているか否かが、作品の価値を決めるという価値観があります。そしてさらにそこから、「時代を先取りする」、あるいは「時代を予測する」ことが重要であるといった態度が導きだされることになります。
 私はこの考え方に、今日の、大きな誤りの原因の一つがあると考えています。先にも私は、何度か、時代が一色に塗りつぶされていると安易に考えないようにと言ってきました。いつの時代でも、社会は、いくつもの相反する力の対立、闘争の上に成立しています。[…]今日、何か新しい提案を発表する時、まるで決まり文句のように叫ばれる「時代を予測する」といった言い方の中には、そのことが忘れられています。そうした言葉を叫ばせる態度の内には、表面新しがっていても、正しい唯一の歴史観があり、その正しい理解が私たちを正しく導くと叫んだ、あの古くさいマルクス主義の亡霊が生きているように感じられます。あるいはより正しい経済予測が、投資のより大きな利潤を生むという、投機につながる価値観や処世術さえ潜んでいるようにも思えます。真剣に生きている人間にとって時代は、そんな予測の対象であってはならないはずです。

もうひとつ『絵空ごと』から。複数の時空間に同時的に存在すること。

 小峰さんが笑い出した。「だからこの家や大山さんの所にいると自分がどこにいるのか終始解らなくなるんですよ。或は寧ろその場所にいてそしてどこか他所にもいることになるんです、プラドに、ウフィッツィに、ルーヴルに。」
「自分が今の自分でいて同時に五十年前に子供だった自分でもあるようにですか。それは世界が広くなっていい。実際に我々が現にいる世界っていうのはそれだけ広いものなんでしょうがね。」(p.233)