「わたしがいなかった街で」は一度ふつうに読んでから、あらためてざっと読み返したというか、1時間もかけずに最初から最後まで目を通してみた。そういうことは線を引きながら読んだ学術書なんかでは習慣的にするのだけど、小説ではほとんどしない。しかしそうして小説の空間に深く入り込まず、上空から俯瞰で眺めるように読むことで、作品の構造がより明確に見えてきた感じがある。
ふだん文芸誌で小説を読むこともほとんどないのだけど、作品の構造がよく見えてきたのには、おそらく文字が小さめで2段組という文芸誌のレイアウトの影響もあると思う。僕もインタヴューや対談の原稿をまとめるときにはなるべく小さい文字で紙を埋めるようにしてプリントしたものを確認するけれど(2010年12月16日)、そのほうが全体のなかでの部分のあり方を把握しながら読みやすい。
こういう読み方は、文芸におけるある種の身体性を重んじる立場からは否定されるかもしれない(べつに僕もはじめて読むときからことさら俯瞰で読もうとは思わない)。ただ、柴崎さんの作品のような小説を理解しようとする場合には有効であると思う。建築の見学に訪れて、その場で図面を広げて見るようなことかもしれない。