アートトレイスギャラリーで「遠回りの作法──ミース・オン・ザ・グラウンド」(〜1/22)を鑑賞。atelier nishikataの小野弘人さんと西尾玲子さんによるアートデュオHO×RN(ホーン)の初個展。
インスタレーション的な展示はお二人の長年のミース研究に基づく内容で、会場配布のテキストでは、建築からアートの領域に「遠回り」したからこそ得られた結果ということが書かれている。しかしどちらかというと僕は芸術的というより科学的という印象を受けた。つまり導き出すべき結果をあらかじめ想定したなかで、実験方法や実験装置の設定を細かく検討・調整していくような制作の態度。「正解なんてない」「一人一人が自由に観ればいい」というのがアートの公式な態度だとすれば、おそらくこの展示には正解のようなもの(ミースが設計した高層建築の地上面で起きていることの抽象的な再現)があり、その問題の共有が望まれているのではないか(少なくとも「室内なのに水が敷かれているのが非日常的で新鮮でした」みたいな感想は望まれていないだろう)。
しかしだとすれば、その実験方法や実験装置について、もっと言葉での説明があってもよかったと思う。科学の実験では、たとえ求める結果が得られなくても、その失敗の蓄積自体が価値を持つだろうけど、例えばこの展示でも「この柱の太さ/間隔では正解から遠ざかる」、「角柱より円柱のほうがよい結果を生む」、「柱のグリッドと最もよい関係をつくる水盤のサイズ/配置は?」みたいな制作の過程が追体験できれば、よりその成果を共有しやすかったと思う。
たぶん(僕も含めて)実際のミースの建築の経験が(足り)ない人には、たとえこの展示空間自体に惹かれるものを感じたとしても、それがミースの建築に「起きていること」とどういう関係にあるのか分かりえないもどかしさを感じるのではないだろうか。正解の存在は暗示されているのに結局それに辿り着けないというか、辿り着いているのかどうかも分からないというか。*1
しかしそれはHO×RNの二人の話を聞くことである程度解消されるように思えるので(僕は今のところ聞いていない)、展覧会の終わりあたりに実際に会場で展示の具体的な説明をし、ここで何をしたのか、したかったのか、できたのか、できなかったのか、といったことを動画ででも記録・公開すれば、意義は大きい気がする。おそらくHO×RNにとってこのプロジェクトは、ミース個人の話に限らず建築の本質的・原理的なこととして重要なのだろうし、多少通俗的にであれ、それを多くの人が共有して認識することにはきっと意味があるはずだと僕も思う。
今夜はHO×RNと古谷利裕・上田和彦両氏のトークイベント「絵画の透明性・建築の透明性」の第1回が会場で行われたのだった。第2回も同じメンバー、同じテーマで、1月21日(土)に開催とのこと。

*1:僕個人の解釈としては、現実のアートトレイスギャラリーという不定型の固有の場所において、グリッド状に柱を立てたり、微妙に傾きがある床に水を張って水平性を示したりすることで、その場所を超えた3次元座標的で普遍的な空間を感じさせる、あるいはその普遍的な空間と現実的な空間との二重性を感じさせる、というあたりが中心的なテーマだろうと思っているけど、それが単なるモダニズムの空間というだけでなく、とりわけミースの建築と体験的なレベルでどう関係しているのかはやはり判然としない。柱や水盤の位置・形状・寸法などを調整して空間をデザインするのは必ずしもアートの領域の手法ではなく、建築の古典的な手法だろうとも思うし、この展覧会で言われる「遠回りの作法」とは一体どういうことなのか。