先日動画を公開()した『建築家・坂本一成の世界』刊行記念パーティーのスピーチで、富永讓さんに「百科事典のような本だ」と評された。じつは百科事典という指摘自体はすこし前にお目にかかったときにも伺っていたのだけど、そのときは必ずしも褒め言葉ではないのかなと思っていた。百科事典という言葉には、マニアックに情報が詰め込まれた本(その大部分をしっかり読むことはない)という響きがある。けれどもパーティーのスピーチであらためて詳しく聞いてみると、ネガティヴな印象は僕の思い過ごしだった。富永さんは「どこからでも読めるし、読むとそこに引き込まれていく」と仰ってくださっていて、それは本を作っているときに僕が目指していたことでもあった。
『建築家・坂本一成の世界』の制作に当たっては、初期段階で、既刊の坂本先生の作品集を検討した。新しく作る本が坂本建築を網羅する決定版を目指す以上、過去に出版された本との重複は避けられないけれど、それらと具体的にどういう関係で位置づけるかは、まず考えなければならないことだったように思う。何冊かある既刊本のうち、やはり(今回の制作にとって)最も重要だったのは、2001年刊行の『坂本一成 住宅―日常の詩学』(TOTO出版)だと言える。ギャラリー・間での個展に際して、おそらくそこで初めて坂本先生の仕事の全体像が描かれ、その後の作品集(展覧会カタログ)も基本的にこの本の枠組みを踏襲している。実際、『坂本一成 住宅―日常の詩学』の構成を相対化するなかで、新しく作るべき本の骨格が見えてきたところがあった。以下は僕が実物の本から起こした『坂本一成 住宅―日常の詩学』の台割と、最終段階の『建築家・坂本一成の世界』の台割台割は本の全体構成を示す、建築で言うと平面図のようなもの)。


まずひとつ問題になったのは、30ほどある作品をどう並べるかということだった。本という媒体は、例えばインターネットのようにページとページを並列(ツリー状)にすることはできず、最初のページから最後のページまでが直列につながれ、読書体験をひとつの方向性で規定する(qpさんの写真を巻頭だけでなく巻末にも載せたのは、その単一の方向性を和らげるためでもあった)。つまり作品集として、各作品を等価に配置することは厳密にはできないということだ。そうした大前提があるなかで、一般的によく採用される配列方法は時系列だろう。ビルディングタイプ別や地域別といった配列も、ある種の建築家(建築会社)の作品集ではありえるとしても、坂本先生の作品歴にはそぐわないし、実際これまでの作品集も基本的に時系列で作品が並べられている。
一般に時系列という配列方法は(名前の五十音順などと同様)ニュートラルな形式だと思われていて、その並びに作為性を感じさせにくい。しかし、あるいはそれゆえにと言うべきか、そこで並べられる事物の間に、例えば「BはAの次に作られたからこそBになったのだ」というような必然性(事後的な因果関係)を、無意識のうちにも強固に感じさせることになる。それぞれの事物はもともと時間の連続のなかでなんらかの因果関係に根ざしてはいるとしても、1冊の本に集約されて時系列で並べられることで、人間の知性によって、より観念的なストーリーのなかに位置づけられる。
このことは、それらの事物についての読みを深める場合もあるし、逆に浅はかな見方に貶める場合もある。『建築と日常』No.3-4(特集:現在する歴史)では、こうした事物の捉え方を「中から感じる歴史」に対する「上から眺める歴史」(年表的な歴史)とし()、どちらかと言うと批判的に見た(本来は前者と後者のバランスが肝要であるはずが、今の世の中では後者のほうが安直化し、かつ支配的になっているという意味で)。

坂本先生の作品歴の場合はどうだろうか。2010年代の時点で、やはり世間的には「中から感じる歴史」よりも「上から眺める歴史」のほうが勝っているように僕には思えた。坂本先生自身、レクチャーやテキストで、作品歴を明快な1本のストーリーとして進化論的に説明することが多い(「閉鎖から開放、そして解放へ」といったように)。その見方は、やはり『坂本一成 住宅―日常の詩学』のあたりで定型化され、一般化してきたものだろう。坂本先生の仕事を捉える上で十分に必然性が感じられるからこそ、広く(?)共有されるようになったのだと思う。しかし一方で、そうした見方が支配的になると、そこに回収できない、それ以外の建築の意味が捨象されてしまうようなことも起きてくる。住宅系が多い坂本先生の作品は、文字どおり「中から感じる」ことがしづらく、そのことが「上から眺める」見方を促進させる、ということも考えられる。
作品歴を進化論的に時系列で捉えた場合、そこには客観的に数値化しうる時間以上の新旧の差が発生する。例えば、かつて社会に対応して〈閉じた箱〉だった住宅が、その後の社会の変化や建築家としての技術や認識の成熟により、あるときから都市に開かれるようになっていった、という見方をするとき、必然的に〈閉じた箱〉の住宅は今の時代にそぐわない古いものだと位置づけられることになる。しかし僕が実際に「中から感じた」《水無瀬の町家》(1970)や《雲野流山の家》(1973)などの〈閉じた箱〉の体験は、そのような「上から眺めた」進化論的な認識を容易には受け入れさせない。むしろ最近の巷の多くの「開かれた」住宅よりも、その「閉じた」在り方のほうにリアリティを感じさせることさえあるかもしれない。
加えて、例えば作品集p.49の解説文で書いたように、坂本先生の建築には、空間構成などにおいて各作品に共通の型のようなものを見いだすこともできる。そのことは以前から認識していて、『建築と日常』No.3-4のインタヴューでも話題になっていた。

坂本  その時その時の条件、例えば敷地条件や家族構成や予算の問題とかね、色んな個別の条件のなかで考えているうちに、建てようとする建築の形式が見えてくる。でも条件が近ければ、見えてくる形式はそんなに変わるものではない。もちろん、例えば《代田の町家》と同じようなものを設計してくれと言われても、やりたくないですよね。同じことの繰り返しは避けたい。でも条件が合うならば、その条件に適切な形式を選ぶというのはすごく自然だと思っていて、そういう意味で、一作一作まったく別のものにしたいとは思わない。

  • 坂本一成インタヴュー「建築をめぐるいくつかの時間」聞き手=長島明夫、『建築と日常』No.3-4、2015年

言ってみれば、坂本先生の作品歴には、各時代に対応した明快な変遷としてのストーリーが見いだせるとともに、それぞれの作品が無時間的に存在しているかのような普遍性・共通性を持っている(それはパーティーのスピーチで伊東豊雄さんや長谷川豪さんが指摘していた一貫性ということでもあるだろう)。だからそういった作品間の変化と持続、あるいは連続と自律の二面性を、今回の作品集にも通底させようと考えた。そのために、作品の配列によって時系列の方向性があまり強くなりすぎないようにしたかったのだった。富永さんが言われるように、「どこからでも読めるし、読むとそこに引き込まれていく」ものになっているなら、その意図はそれなりに反映できたと言えるかもしれない。
2001年の『坂本一成 住宅―日常の詩学』では、各作品が下記のように並べられている。

【1】閉じた箱

  • 《散田の家》1969
  • 《水無瀬の町家》1970
  • 《登戸の家》1971
  • 《雲野流山の家》1973
  • 「計画A」1974
  • 「計画N」1974

【2】家型

  • 《代田の町家》1976
  • 《南湖の家》1978
  • 《坂田山附の家》1978
  • 《今宿の家》1978
  • 《散田の共同住宅》1980
  • 《祖師谷の家》1981

【3】自由な架構と広がりの領域

  • 「Project KO」1984
  • 「Project KA」1985
  • 「Project SH」1986
  • 「Project S」1986
  • 「Project UC」1987
  • 《House F》1988

【4】都市への開放

  • 「Project NAS」1991
  • 「Project NAR」1991
  • 《コモンシティ星田》1991/92
  • 熊本市営託麻団地》1992/93/94
  • 《幕張ベイタウン・パティオス四番街》1995
  • 「函館公立大学プロポーザル案」1997

【5】建築の解放

  • 《House SA》1999
  • 青森県立体育館プロポーザル案」1999
  • 「中里村新庁舎プロポーザル案」2000
  • シンガポール・マネージメントユニバーシティー プロポーザル案」2000
  • 《Hut T》2001

これを見てひとつ気づくのは、単に時系列の並びというだけでなく、作品歴が5つに分節され、各時期ごとのテーマの変遷として全体が捉えられていることだ。この本を出版する時点でこうした全体像を描いたことの意義は大きかったと思うし、それが展覧会の具体的な構成と関係していただろうことも無視できない。しかし、例えばなぜ《代田の町家》は「家型」に分類されるのに《水無瀬の町家》は分類されないのかとか、《コモンシティ星田》よりも《代田の町家》のほうが「都市への開放」ではないかとか、「建築の解放」にフェーズが移ったら「都市への開放」はもういいのかとか、現実の建築がもつ意味が、その明快なストーリー展開とそぐわない部分も少なくないように思える。したがって今回の作品集では、15年前にそこでされた初期設定を微調整するような意識があった。
具体的に言うと、『建築家・坂本一成の世界』では時系列の配列は踏襲しつつも、テーマごとの時代区分は排し、各作品をよりニュートラルに並べている。ただ、それはそれで、200ページ以上にわたる作品ページが取り留めなくなってしまう恐れがあったので、2ページずつの「対話」6編をそれぞれ然るべき位置に挿入し、そうすることで、時代区分という明確で直接的な意味は表に出さないまま、各時期ごとにゆるく全体を分節している(「対話」のページ自体は、各作品の解説文だけでは記述できない坂本建築の特質を補完するものとして、もともとこの作品集に必要としていた要素だった)。さらに全体の作品の並びも、例えば《水無瀬の町家》(1970)と《水無瀬の別棟》(2008)、《egota house A》(2004)と《egota house B》(2013)などを隣り合わせ、現実的な建築の在り方に基づきながらところどころで順番を崩すことで、一元的な時系列の秩序を相対化し、全体を有機的に再編している。
以上のような構成上の操作は、おそらくほとんどの一般的な読者の意識には上らないことだろう。けれども無意識のうちに、坂本建築に対する認識をかたちづくることに影響すると思う。そうした書物の現れ方は、建築の現れ方に近い気がする。坂本先生風に言えば「環境としての書物」ということになるだろうか。今回の作品集では、編集者として、そのレベルでの正確性を見据えていた。
ちなみに時系列を相対化するようなレトリックについては、今回の仕事と関係なく、以前の日記で書いてもいた。いろんな思考が知らず知らずのうちに繋がっている。

書き残したことがあるので続く。