『建築と日常』建築講座2014の第5回。これで全日程が終了した。未熟な講義だったとは思うけど、みなさん真面目に向き合ってくださってありがたかった。僕個人としても、桑沢デザイン研究所の「建築・都市概論」のためににわか仕込みでまとめた内容を、あらためて耕すようなことができたと思う。今後も付き合っていけそうな人たちと知り合えたのもよかった。

受講者には以前から見知った人も多かったし、基本的にひとつのテーブルを囲める距離感で、ある程度リラックスして進めることができた。もうひとつ気楽だったのは、自分がよく知らないこと(けれども触れておいたほうがよいと思えること)を素直に「よく知らないけど」と留保つきで言えることだった。ひとりの人間に知っていることと知らないことの両方があるのは当然で、そのことを互いに認め合ってこそ有効なコミュニケーションなり共同作業なりができる。それは社会で仕事をしていれば常識的にわかることだけど、若い学生たちにとってはそうでもないかもしれない。先生とはなんでも知っているべき存在であって、専門的なことに関して、なにかひとつでも知らないことが明るみに出ると、先生という存在全体が疑わしく見えてしまう、ような気がする。そしてそうなると、せっかく講師が本当に大切で伝えようと思っていることも、それを伝える回路が遮断されてしまう。だから学校ではなんでも知っているような顔をしていないといけない。いや、自分の知らなさをさらけ出すことによってむしろ教育の効果を高めるような方法もきっとあるのだろうけど、それでもついなんでも知っているような顔をしてしまうのは、やはりそもそもなんでも知っているような顔をしたいという欲望が自分の内にあるからなのだろう。
ともかく、この講座ではそういったややこしい自意識に囚われることがなかった。受講する人たちにしてみても、講師が自分でよく知らないことだと断って話すことで、単にそれぞれの情報の厚みが把握できるというだけでなく、情報同士の関係性や重要度の違い、また講師の個人的な方向性や偏りなどを察しながら、より主体的に講義から学ぶことができるのではないかと思う。