葛西臨海公園駅のホームから見た東京都葛西臨海水族園(設計=谷口吉生、1989年竣工)。じつはこれまで行ったことがなかったのだけど、谷口父子に対する最近の関心の高まりに加え、すこし前に建て替えの可能性が報道されたこともあり、クリスマス・イブの日に訪れてみた。今年初め(1月20日)に行った東京国立博物館法隆寺宝物館(設計=谷口吉生、1999年竣工)は、建築自体は極めて高い完成度でできているものの、それが上野という場所を訪れるさまざまな文化的属性の人たちの衣服や身体とどう調和するかという点に疑問があったのだけど、この水族館はそもそもがより大衆向けの用途であることも関係してか、そういう疑問は抱かせない。建築的にいちばんの見せ場であるガラスのドームとそこまでのアプローチは、むしろ建築の古典的・超越的なありようが現代の大衆性をしっかりと受け止めているように感じられ、まったく今さらながら見事なものだと思った。水平性の強い低いゲートをくぐって軸線上の幾何学形態に至るという構成は、たまたまつい先日(8月31日)訪れたという僕の先入観も大きく作用しているだろうけど、谷口吉郎設計の千鳥ケ淵戦没者墓苑(1959年竣工)を思い起こさせる。以下写真4点。



 設計を手掛けるに当たって、私はこの東京湾を望む荒涼とした敷地を何度も訪れた。いろいろと構想に思いをめぐらすうちに、まず、敷地との関連において、ふたつの方針の実現を試みようと思った。
 第一は、設計する建物が水族館であり、敷地が海辺であるので、当然のことながらこの両者を密接に関連づけた環境を実現することであった。すなわち、ただ単に魚を展示するための施設の建設を目的とするのではなく、美しい海辺の総体的な環境を創造することを計画の目的とすることであった。
 本館の建物と周辺の園地には積極的に水のある景観を取り入れ、敷地と海を一体化させることを意図した。建築は様式的な表現を避け、可能なかぎり抽象化された幾何学形による構成とした。建物全体は高さを低くおさえ、陸側からは全容を見えなくし、上部のガラスドームだけを周辺の景観の中に突出させ、水族園の外観の特徴とした。
 第二は、幻想的な世界を内部に展示する計画にふさわしいものとして、非日常性のある空間の演出を試みることであった。敷地の対岸に見えるディズニーランドは、このような虚構による非日常性をテーマとした施設としては、代表的なものであろう。敷地は樹木によって囲われ、周辺からは完全に隔離されている。東京でもアメリカのディズニーランドでも、一度中に入れば、まったく同じ童話の世界が出現する仕組である。
 それに対して、私がここで試みようと思った非日常性の演出は、意図的に対照的なものであった。すなわち、水族園においては敷地と周辺の自然を密接に関係づけ、東京湾の景観を積極的に取り込みながら、東京の固有な風景の中で非日常的な空間構成を演出しようとする試みであった。

  • 谷口吉生「設計メモ」『新建築』1989年11月号