皆さま、ごきげんよう

神保町の岩波ホールで、オタール・イオセリアーニ『皆さま、ごきげんよう』(2015)を観た。原題は『Chant d'Hiver(冬の歌)』。以前『映画空間400選』(INAX出版、2011)で同じイオセリアーニの『素敵な歌と舟はゆく』(1999)について下のように書いていたけれど、これは基本的に今回の作品にも当てはまると思う。

ブルジョワの世界と浮浪者の世界、イオセリアーニはヨーロッパの強固な社会階層の境界をラディカルに、しかしこともなげに開放する。[…]各領域を完全に無化するのではなく、あくまでそれぞれの文化性を保ちながら入り混じらせる手つき。その世界は必ずしもユートピアではなく、犯罪も起これば失職もするのだが、そうした現実への達観とも言える眼差しが、むしろその前提であるべき自由への意志を強く感じさせる。

フランス革命が象徴する秩序の崩壊を批判的に捉えるとともに、いつの時代でもどこの国でも起こりうる人間の凄惨な出来事に目を向けつつも、それを相対化しながら日常の豊かさと掛け合わせて、現実的であり理想的でもあるような新しい動的な秩序を映画のなかに見いだしていく。ただし、物語はかつての作品よりもっと断片化され、作品全体の構造を感じさせないまま余韻だけを残す(パンフレットによれば「「映画を作ることは建築と同じで橋を造るようなもの」と語るイオセリアーニ監督は、周到な計算に基づいて映画を作っていく」p.5)。そういう映画はやはり映画館で体験するのがよいと思う。予告編の動画をリンクさせようかと思ったけど、それだと余計に伝わらなそうなのでやめておく。

私が観客と共に作り上げたいのは、称賛ではなく、共に抱ける友情なんだ。映画館を出て、こう言えるような。「楽しかったなあ、もうひとりきりじゃない、お祝いに一杯やるとしよう!」。