インタヴューという形式は開かれているようで閉じやすい。ある人を訪ねて話を聞きに行くインタビュアーにとって、自らの行為は外部に開いた行為だと感じられるけど(特に相手が異分野で面識がない場合)、そのインタヴューの場でされる話は、お互いに目の前に話し相手がいるぶん(相手が見えない孤独な執筆よりも)、そこで局所的に閉じかねない。
とはいえこうした「開く」「閉じる」の関係はむずかしく、読者そっちのけでインタビュアーの個人的な問題意識に閉じ、その場の局所的な対話に閉じることで、むしろその断絶された深さによって別の回路からより力強く他者や公に開かれるということも起こりうる。