期間限定で無料公開されていた、新井英樹の『宮本から君へ』(全12巻、1990〜1994年)と『キーチ!!』(全9巻、2001〜2006年)およびその続編である『キーチVS』(全11巻、2007〜2013年)をネットで読んだ。

この漫画家は《蟻鱒鳶ル》の岡さんを描いた短編「せかい!! 岡啓輔の200年」(『ビッグコミックスペリオール』2015年4号)でしか知らなかったものの、力強い作品で心を動かされた。いずれも最初のうちは作品世界がざわついていて話の筋が見えづらい。しかし徐々に引き込まれる。『宮本から君へ』というタイトルはすこし謎めいているけれど(「宮本」は主人公)、おそらく「君」は登場人物の誰かというより、この漫画を読む読者自身と思っていいだろう。若い人が社会に立ち向かう様を描き、もう若くない読者の心も奮い立たせるエンパワーメント系の作品。それが『宮本から君へ』では大学を出てまもない新社会人を主人公に日常のレベルで描かれていたのに対し、『キーチ!!』ではその日常から地続きで社会をひっくり返すような国家レベルの話になる。そのフィクショナルな展開は、しかしリアリティの線を外れず真に迫るものがあった。僕自身は年々保守の傾向が強くなっているけれど、こうした物語に高揚してみると、やはりよき革命への憧れみたいなものも自分のどこかにはあるのだなと思わされる。昔は小説や演劇が担っていただろうこうした力(個人を社会や政治に押し出す力)、大衆的なジャンルとしてのポテンシャルを、今は漫画が持っているのだと思う(ほかに音楽とお笑いは、昔も今もそのポテンシャルがあるだろう)。ジャンルとして資本主義の波に呑みこまれつつも、その波のなかでしか持てないような力。