昨日の帰りの車窓からの眺め。甲府駅を通過したところで、《山梨文化会館》(設計=丹下健三、1966年竣工)が見えると思ってiPhoneで撮影した。客観的に見てまったく取るに足らない映像だとは思うものの、動画を撮るのに慣れていないせいもあってか、自分にとっては妙に新鮮に感じられる。電車がホームに滑り込むとか、滑り出すとか、慣用句としてよく言われるけれど、そういう印象が現実の体験よりも強い。漠然とした空間的・時間的広がりをもつ高次元の現実の体験が、2次元のフレームで区切られ、ある種の抽象として体験されるためだろうか。その抽象化の過程で、おそらく音(車内放送)の存在も相対的に現実の体験より強まっていて、電車内の空間/電車外の空間/音、という3つに対する知覚のバランスが変化し、そのことも映像体験の新鮮さに繋がっている気がする。