昨日の岡﨑さんのレクチャーでは、熊谷守一(1880-1977)が60歳を過ぎてから新たな作品の展開(同時代の海外の潮流と連動するような)を見せたことに対し、たびたび注意が向けられていた。当時の日本の画家が、西洋からの影響で若い頃には新鮮な絵を描いていても、その後は早死にするか同じことの繰り返しになってしまうという傾向を持っていたなかで、熊谷は若い頃の作品は少なくても、他人の作品への批評的関心や、他分野の先端的な事象への興味、絵を描くこと以外の経験が、後の作品を生む確かな土壌(教養)になったという。そういう作家のあり方は以下のように『建築と日常』No.3-4でも話題にしていたことであり、たいへん興味ぶかく感じられる。最近よく考えている「どの作品も大体同じ」系の作家の問題(11月1日)とも関連すると思う。

───ただ、例えば大衆音楽が分かりやすいですが、ロックバンドが二十歳そこそこでデビューして、最初の曲がどかんとヒットして、でもそこからどんどん下り坂になっていく。そういうのが一つの典型としてあると思うんです。それまでの二〇年間、自分の人生で溜め込んだものをそこで一挙に使い果たして、後はその時の売れた自分の焼き直しになったり、無理に流行の形式に合わせようとしたりする。大衆音楽はやはり商品という側面が強いので、自分のなかに蓄積していかないうちに、レコード会社がどんどんアウトプットさせて消費されていくという感じが、極端に言えばある。最近は建築のメディアも身近な若手をフィーチャーする傾向がありますね。まだそれほど見るべきところがなくても、とりあえず若いというだけで一つの切り口になる。だから若い人たちも自然とそこに照準を合わせていく。でも坂本先生の場合は、早くにデビューをしたけれども、そのまま一気に突っ走るというよりは、マイペースに歩いていくというか。
坂本 まあ、なかなか売れなかったというのが事実です。今でも売れてないけどさ。
───作家の全盛期がどこにあるかという問題があると思うんです。若い頃、まだ世間の色んな仕組みを知らずに暗中模索で作っているような作品に、個人の魂が感じられて素晴らしい、という場合もあるし、もっと歳を取って、人生の酸いも甘いも知って、肩の力が抜けて円熟の境地に達する、という場合もある。僕はどちらかというと若い時が全盛期であるような作家の作品よりは、もっと持続するような作家の作品に惹かれることが多い気がします。それは言ってみれば、新しいものをどんどん作っていかないといけないという価値観ではなくて、自分にとって大切な一つのことをやり続けるような、そういう作家の作品なのかもしれません。まあ、建築家は昔なら六〇歳で一人前みたいな言い方がされたくらいなので、他のジャンルとは違うかもしれませんが。
坂本 建築家として、色んな生き方というか展開の仕方があると思うんです。アヴァンギャルドから出発した建築家が、あるところで伝統主義者になっていたりとかさ。あまり面白いと思っていなかった人がいつの間にかすごいということになっていたり、それは千差万別だと思う。でもね、僕はそれは残念だという気がするのだけど、デビュー作もしくは若い頃の作品が一番いいという建築家がけっこう多いんですよね。確かに若い人が持っている跳躍力というか、生き生きした構想力みたいなものがある。でもそれを持続させるのは大変なことなんですね。

熊谷守一におけるこうした側面を考えるとき、あらためて晩年の仙人のような風貌と暮らしぶり(世間における紋切り型のイメージの元になるもの)や余技とされる書()などの持つ意味が、作品との深い関わりのなかで(というか作品と不可分なものとして)見えてくるのかもしれない。僕がよく引用する(2016年11月5日)下の言葉の実例のようなものとして。

二科の研究所の書生さんに「どうしたらいい絵がかけるか」と聞かれたときなど、私は「自分を生かす自然な絵をかけばいい」と答えていました。下品な人は下品な絵をかきなさい、ばかな人はばかな絵をかきなさい、下手な人は下手な絵をかきなさい、と、そういっていました。