建築のポートレート

建築のポートレート
写真・文=香山壽夫
1964年の渡米以来、アメリカおよびヨーロッパ各地を巡って建築家が撮影した無数の写真から36点を厳選。数十年の時を経て、あらためて記憶の中の建築と向かい合う。

今日は『建築のポートレート』の発行日。ちょうど香山先生の80歳の誕生日でもある。見た目はずいぶん違うけど、去年の『建築家・坂本一成の世界』(LIXIL出版)()に引き続き、この本もこれまでの『建築と日常』の活動が結実したようなものになった。
発端は一昨年から昨年にかけてJIAで行なわれた香山先生の連続レクチャー()だった。香山先生の写真がうまいのは前から知っていたけれど、スクリーンに投影されたスライドを久しぶりに見て、やはりいいなと思うと同時に、いくつかのフィルムが劣化して退色しているのが目に付いた。それが惜しい気がして、写真そのものを見せるような本の企画を思い立ち、先生と版元の賛同を得て、出版に至ることになった(後で確認したところ、結局、退色しているフィルムは現時点でごく一部だった)。しかしそういう企画の前提には、建築の写真や断章集の形式に対する僕自身の興味もあったと思う。
作業の初期段階から、先生との間では主に以下のような点が了解事項にされていた。

  • 書き下ろしの文章は、旅行記のような体験談にはせず、各建築を客観的に捉える
  • 予備知識がなくても読めるような文にし、それぞれの具体的な建築の説明というより、そこに見られる建築のエッセンスを抽出する
  • 写真と文章はどちらかがどちらかに従属するという関係ではなく、それぞれが自律的に併存し、全体で響き合うような在り方にする(全体は時代や地域などで分類したり体系づけたりせず、ばらばらに見えるように配列する)

こうした意図によって、香山先生のこれまでの著作のなかでもとりわけ、建築の有り様を簡明かつ広く一般に伝えるような本になったと思う。小ぶりな本ながら、先生のことを知らない読者にとっては最初に手に取る1冊としての役割を果たし、先生のことを知っている読者にはかつて読んだ本や聴いた講義のことを想起させる、そんなものになったのではないだろうか。ブックデザインは(僕よりも)若い郡司龍彦さんにお願いし、上品さとともに、ある種の軽さを出してもらった。本のタイトルや表紙のデザインの意図はこのまえ書いたとおり(2月2日)。
巻末のテキストは、先生の勧めもあって僕が執筆することになった(「思い出すことは何か」約4000字)。はじめは写真についての文章を書くのに自信がなくて、先生との対話形式にしたほうがよいのではないかと消極的に考えたりもしたのだけど(対話形式は対話形式で、写真と文章が粒のように凝縮された本編に対し、どうしても間延びした印象をもたらしてしまう)、フィッシュマンズの「LONG SEASON」()を聴きながら(「思い出すことはなんだい?」という歌詞がある)、そこにインスピレーションを得たことで、結果的にきちんとした必然性のある要素を本に付加することができたのではないかと思う。本の解題を中心として、建築家が写真を撮ることの意味、建築写真の時間的な在り方、写真にうかがえる香山先生の建築観や歴史観といったことに言及した。それぞれ深く考察することはできなくても、一続きの文章のなかで、考えるに足る問題の枠組みは提示できた気がする(1点、本文中で「直観」と書いたところは「直感」とすべきだったかもしれない)。
以下、写真と文章が対になった見開きのサンプル2種と、MAPページの画像。

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